※この早川社長のお話は、異業種交流会である博多青旬会の会員様に向けて報告されたものです。
博多青旬会の方は、2,980円 会員以外の方は4,980円となります。 |
■我が社、早川不動産の経営戦略
ケサカシステムの案内が最初に約6分間あります。
携帯電話を振りかざすと、ドアが開くのです。
おサイフケータイだけが
おサイフケータイじゃないのです!? |
日本では、初めてです。もちろん 世界初!
新聞、テレビ等メディアに取り上げられて、連日、関連業界からの問い合わせに追われています。 |
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東京の建築、不動産会社でなくて、
大企業のメーカーではなくて、
なぜ、福岡発なのか。
なぜ、不動産会社なのか。
そこを、早川社長の先見性と実行力に学びたいと思います。
早川不動産の創業は、1951年(昭和26年)どこにでもある町の不動産屋さんです。
地域のみなさまに密着した、集合住宅の管理から賃貸業をコツコツと長年やって来ました。
しかし、バブル景気の崩壊と共に5,000万円の赤字がでた。
その上、オーナーさんから建物物件をお借りして、運用・管理しているわけですが、だんだんと空き部屋が多くでてくると、建物オーナーさんからは、不動産屋さんを替えると言われながら
一方では、入居者の借主からは、不動産屋さんに支払う、お金はない、サラ金に支払いが先だと言われるほどの不景気でした、と言う。
このままでは、我が社は飛んでしまう!
一念発起! です。
まず、
入居者入れ替わり時のリフォームを、自社にて手がける
不動産屋が、リフォーム業をするにしても・・・
見えてなかった、知らなかった多くのハードルが出てくる。
しかし、社長自ら、夏のしかもクーラーの、きかない部屋で
クロスをはがす作業を、こつこつと率先垂範。
次に、
空き部屋対策である。
ディリーマンション・ウィクリーマンション・マンスリー
マンションの発想である。
1日2,580円からだ。
これには、同業者はもちろん、ホテル業者からもビックリする安さに、
大いに意見される・・・
賃貸それも、ディリーマンションになれば、
毎日、借主が替わるのです。
部屋の鍵が大きくクローズアップしてきます。
借主がかわるつど、部屋のドアキーをやりかえると赤字です。
問題を、最大のチャンスにしました。
時代は、おサイフケータイです。
出入り口でのゲートイン、ゲートアウトの発想を、
おサイフケータイに加えた。
これで、毎日でも、部屋の借主が替わってもOKとなった。
何百とある部屋のキー管理のわずらわしさが解消していった。
当時、早川不動産が建てたマンションは、おサイフケータイを持った方だけ申し込みOKとしたのです。
これには、関係者だけでなく、社員からの反対に・・・
・・・引き続き、詳しくはDVDをご覧ください。 |
■質疑応答では
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土地の有効利用について。 |
| ・ |
携帯電話をなくしたときどうなるのか。 |
| ・ |
携帯電話の技術者社員について。 |
| ・ |
賃貸住宅の将来性について。 |
| ・ |
料金体系について。 |
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早川眞市 氏
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(株)早川不動産グループ
株式会社 代表取締役
早川眞市
プロフィール
| 昭和26年 |
現在地にて早川不動産(個人)創業。 同年、福岡県住宅建物取引業協会東部監査役に就任。
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| 昭和31年 |
福岡県住宅建物取引業協会博多支部監査役に就任。 |
| 昭和36年 |
福岡県住宅建物取引業協会調停相談役に就任。 |
| 昭和60年 |
建物企画・建売ビル、マンション分譲を開始。 |
| 昭和63年 |
資本金1,000万円にて株式会社早川不動産に改組。
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| 平成2年 |
全国住宅建物取引業協会連合会の不動産アナリストに認定。 代表取締役会長に早川良蔵就任。 代表取締役社長に早川眞市就任。 同年8月、建設企画部門を独立させ、資本金1,000万円にて「一級建築士事務所・株式会社ホンダ建設企画」を設立。 同時にリフォーム部門も設立。
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| 平成8年 |
福岡県福岡市博多区吉塚本町に、道路拡張に伴い、新社屋建設。 |
| 平成10年 |
デイリーマンション部門を設立。
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| 平成15年 |
「一級建築士事務所・株式会社ホンダ建設企画」に建設部門を設立。
同時に「エスパース建設」と社名変更。 |
| 平成16年 |
日本初、ICカード搭載iモード対応携帯電話を各戸ドア、エントランスのカギとして採用したマンションを企画。
同システムに関し、
ビジネスモデル特許を出願。 |
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早川不動産HP
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不動産関係 |
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建築関係 |
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ビジネスホテル、ホテル関係 |
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土地・建物の所有者の方 |
◆『博多青旬会 制作協力』
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